2022 小寒

鈍雲のはざまの青し水仙花 西田 邦一 うすら寒い空の色に水仙の淡い黄色が引き立つ。冬の北陸の空を想像した。(椋93号より)
2021 冬至 白髪の妻のシニヨンクリスマス 津田 ひびき 白髪の美しい人をよく見かけるようになった。この家のクリスマスの準備をしているのは、そんな中の一人。ちょっとした意外性が一句を生き生きさせる。(椋98号より)
2021 大雪 別るとは深く逢ふこと冬の星 内田こでまり 別れとは、その人との関係のみならずその人自身のこと、また己自身のことを深く深く見詰め直す機会なのだと悟っている。苦しくなったときに仰ぐ夜空。(椋98号より)
2021 小雪 綿虫を掴もうとして若やげる 山月 笑い声が聞こえてきそうな臨場感があるのは、下五の連体形に余情があるからだろう。俳句らしい省略の一つである。(椋98号より)
2021 立冬 大根の艶めきにもう負けてゐる ザジ 洗い上げた大根の艶と白さに圧倒されてしまう。野菜の瑞々しい美しさに感じ入った作者のつぶやきである。(椋98号より)
2021 霜降 銀杏散りやまず体内時計ゆるり 小杉 健一 銀杏落葉はあたりを黄金色に明るく染め上げる。寛ぎを感じさせる色に時を忘れて浸った。句またがりの破調に気分がよく出ている。(椋98号より)
2021 寒露 灯のつくる薄暗がりや木の実落つ あをね 灯を点すと影が生まれる。その影に秋の森の深さを感じている作者。繊細な心象風景である。(椋97号より)
2021 秋分 虚栗こんなはずではなかつたに 山辺 央子 拾ったら中身は空っぽ。「こんなはずじゃなかった何か」がいろいろに想像されてくるが、ユーモラスであるゆえに悲壮感はない。(椋91号より)
2021 白露 秋草やテーブルの影椅子の影 せいじ 「秋草や」で情景がどこまでも広がってくる。テーブルと椅子の影を言ったことで、秋に入った日差しの衰えを感じさせた。(椋97号より)
2021 処暑 とをあればとをの名前や草の花 矢崎めぐみ 雑草にも一つ一つ名前があり、個性がある。それらの草花に心を寄せている。平仮名表記もいい。(椋97号より)
2021 立秋 見おろせば水かがやきぬ今朝の秋 森 木聖 沼か湖か川面か、そういった説明を省いたために、ただただ秋の澄んだ水であることを思わせた。(椋90号より)
2021 大暑 目瞑れば耳冴えて蝉落ちる音 ザジ 蝉が落ちるときの羽ばたきやジジジーという声。五感の一つを塞いだとき、聞こえるはずのない距離なのにその音がはっきりと聞こえた感じだ。(椋90号より)
2021 小暑 マスクにも白髪にも馴れ日傘かな 村上 典美 自粛期間中、美容院にも行くことができず、髪を染めるのをやめたという人も多いようだ。しみじみと共感させられる。(椋95号より)
2021 夏至 夏祓昼の灯影の濃かりける 田中 英花 梅雨時の闇に灯されるあかりに生まれる影は濃密だ。夏祓の行事の一切を想像させている。(椋89号より)
2021 芒種 我の背を打ちたる梅も拾ひけり 佐藤 緑子 竿で木の枝を叩くとたわわに実った梅がばらばらと零れる。梅を収穫している情景を臨場感豊かに描いた。(椋95号より)
2021 小満 君の目の球体に閉づ柿若葉 味八木 恭子 「球体に閉づ」という体の一部の感覚と、「君」という年下の人物を思わせる呼び方が、柿若葉の輝かしい未来を感じさせる季語と実によくマッチしている。(椋95号より)
2021 立夏 ねぢ巻けば秒針かろし夏はじめ 佐々木ヒロシ 手巻き時計どころか、時計を持つことも少なくなった。「夏はじめ」の取り合わせが、青春時代への回想を誘う。(椋89号より)
2021 穀雨 ていねいに米研ぎをれば遠蛙 熊谷 かりん いつもより少し心のゆとりがある。そんなときには遠蛙の声にも耳を傾けている。(椋94号より)
2021 清明 ぶらんこをふはりとおりて姉妹 今田 裕子 「ふはりと」に姉妹のいでたちや年頃などを想像させられる。春らしさのある句だ。(椋94号より)
2021 春分 ポケットの浅きもたのし春コート 瀬名 杏香 なるほど冬のコートならポケットが深そう。軽快で瑞々しく、こちらまで心が弾んでくるようだ。(椋93号より)
2021 啓蟄 マラソンの出発点のミモザかな 守屋 さつき ミモザの黄色からスタートしたランナーが街の風景を繰り広げてゆく。光を感じる句。(椋94号より)
2021 雨水 引く波に砂の耀く鰆東風 市川 薹子 鰆東風という春浅い頃の風を存分に感じさせてくれる浜辺の情景である。鏡のような砂浜だろうと思う。(椋93号より)
2021 立春 春一番離れぬやうに影法師 太田 玲子 春一番の風の強さがよく伝わってくる。影も吹き飛ばされないようにひしとしがみついている。もう一つの人格があるような影法師。(椋87号より)
2021 大寒 凍川に倦みて鳥どち争へり 曳地トシ 「凍川に倦みて」と断じたことによって自ずから鳥同士の争いの様子がありありと見えてくるのである。(椋75号より)