2017 芒種

夏燕そして女の腕まくり 藤田 ありこ 燕たちが忙しい時期、気候がよくなって女たちもきびきびと働く。「そして」とドラマチックな表現をして生き生きした句になった。 (椋71号より)
2017 小満 どの鳥も多忙なりけり麦の秋 守屋 さつき 晩春から夏にかけて鳥たちは子育てに忙しい。「多忙なりけり」と言ったのは、生きものを尊重する心持ちがあるからだろう。どの鳥も人間には見向きもしないでせっせと働いている。(椋71号より)
2017 立夏 朴の花弱き心をはづかしく 吉田 信雄 何と可憐な句を、と思う。仰ぎ見た朴の花の純白に心を照らされている作者。叙法も確かな句である。(椋71号より)
2017 穀雨 火を焚いて山のかかりの山桜 田中 英花 山桜の並木が続く花冷えの山道なのだろう。「山のかかり」という表現に古道らしさを感じ、それだけで一句に重みを与えている。(椋70号より)
2017 清明 蜜蜂の歩くしつとり濡るる道 かたしま真実 弱っているのか、雨上がりの道を蜂が歩いている。透き通った翅を引きずるようにしているだろう。「蜜蜂」の「蜜」に春光のまぶしさを感じる句だ。(椋70号より)
2017 春分 さんさんと杭が水脈ひく桜かな 小椋 蛍 まるで杭が流れているような錯覚を起こす水面。「さんさんと」で満開の桜が見えてきた。(椋64号より)
2017 啓蟄 掌に三月の空置きにけり 岡村 潤一 晴れた春の一日。どこまでが空なのかと思う。作者自身も空の中にいるような心もとなさに、野あそびの手を広げてみる。そこが地と空の境目になる。「置きにけり」に若々しさが感じられる。(椋52号より)
2017 雨水 梅林のあらぬところに人の声 上田 りん 裸木で見通しだった梅林も、満開になって、奥深い空間になった。花で見えないが、確かに人声がしている。それが思いがけず近い。おやと訝しむ気もちに、春の不思議さが重なる。(椋52号より)
2017 立春 口笛は大人顔負け草青む つゆ草 子供が口笛を吹いている。生意気そうな男の子か。 「大人顔負け」とは面白い表現。季語もきいている。 (椋69号より)
2017 大寒 杉山に消ゆるあはれや雪の華 佐々木ヒロシ 奥武蔵あたりの杉山がうっすらと雪をつけた情景は住んでいる者でないとなかなか見られない。一本一本木の形が際立って美しい。それを「雪の華」と言い切った。(椋69号より)
2017 小寒 さやぐ木に寄りて御慶を申しけり 黒澤 さや 招くようにさやいだ木の梢。一も二もなく近づいていった作者なのだろう。幹のまっすぐに伸びた大きな常緑樹だ。(椋69号より)
2017 冬至 ふりむけば冬美しきもの見ゆる 対中 いずみ 冬美しきものとは何だろう。朝霜の輝きや、落葉の温かそうな色、枝をつんと立てた冬の木々、パステルカラーのマフラーや手袋。次から次へと映像が浮かんでは消え、作者の眼差しの遥かさが感じられてくる。(椋56号より)
2016 大雪 枯園に絞る絵の具の二色ほど 髙橋 白崔 枯れ一色の情景に絞り出した絵の具。枯園を描くための色だが、混ぜ合わせる前の原色の鮮やかさが想像される。(椋62号より)
2016 小雪 冬雲の増え瀧水の急ぎけり 奥井 須美江 微笑を不意に引っ込めたように、急速に翳ってくる山間。急ぐのは瀧の水ではなく、作者の心なのかもしれない。雲の谷間の空は群青だ。(椋56号より)
2016 立冬 冬晴れになるまで待つて渡りけり 岡 みやこ 信号を待っているとき、冬晴れの空に心が弾み出したのだろう。何か良いことの有りそうな気分で足を踏み出したのだ。(椋63号より)
2016 霜降 髪切つて耳立ちにけり暮の秋 山音 どこか妖精を思わせる山音さんは管楽器の演奏者でもある。 暮の秋の音なき音に耳を澄ますのだ。 (椋68号より)
2016 寒露 松手入外国船の見えてゐて 古宮 ひろ子 中七以下のさり気ない描写で近景の人物から遠景の海へと景を展開した。輝かしい秋晴れだろう。(椋62号より)
2016 秋分 水澄みて川の底まで真昼かな 辻 昭子 秋の真昼の明るさ。どこまでも澄んで、まるで奈落のようであるだろう。(椋60号より)
2016 白露 とんぼうの空の奥にもとんぼ飛ぶ 鈴木 しずか 初秋、おびただしい数の蜻蛉を見る。その情景がまさにこんな感じである。空の奥行きをうまく描いた。(椋61号より)
2016 処暑 鈴虫を鳴かせる母の夜となりぬ 美雨 「鳴かせる」とは俳句的な表現だ。まるで鈴虫を操る力があるような母。けれど、少し淋しい母。(椋55号より)
2016 立秋 忘れさることに怯えて鳳仙花 市川 英一 鳳仙花にまつわるのは懐かしい人たちの記憶か。とどめなければと思うとき、鳳仙花の紅が鮮やかに。 (椋67号より)
2016 大暑 百日紅昼深きことただならず 林田 裕章 作者の感性としか言いようのない句で、それに共鳴した読者は、灼熱の晩夏に何度も帰っていく。
(椋60号より)
2016 小暑 草の王通り雨とはもう言えず 柚子谷 イネ クサノオウはケシ科の野草。キンポウゲのように黄色い花を路傍に咲かせる。 ただでさえ散りやすいその花が雨足に散り始めたのだろう。
(椋65号より)
2016 夏至 モザイクの小さきタイルや瑠璃の夏 曳地 義治 壁画か何か。青いタイルの涼やかさ。「瑠璃の夏」という表現に惹かれた。(椋65号より)