2023 小寒 |
封切らぬ歌留多残して嫁ぎけり |
西田 邦一 |
新しく買った百人一首。その封を切って家族で過ごす正月を思い描いていたのに、結局そんな時間は来なかった。言いようのない淋しさを切字の余韻の中に込めている。(椋105号より) |
2022 冬至 |
美しき投了図なり冬銀河 |
小杉 健一 |
将棋のことはわからないが、勝ち負けだけではなく、そのプロセスを見せるという世界。ほれぼれと見詰めた投了図はやがて冬の星空になった。(椋104号より) |
2022 大雪 |
こんな日は冬青空の窓を拭き |
古宮 ひろ子 |
「こんな日」の説明はないが、予定のない日の心の軽やかさを思った。「冬青空の窓」という巧みな省略の表現に詩情がある。(椋104号より) |
2022 小雪 |
綿虫を掴もうとして若やげる |
山月 |
笑い声が聞こえてきそうな臨場感があるのは、下五の連体形に余情があるからだろう。俳句らしい省略の一つである。 (椋98号より) |
2022 立冬 |
冬麗や山葵田に水ひびき入り |
とちおとめ |
何とも清々しい。冬の冴え渡った大気を、端正な表現で余すところなく描いた。上五の切れ字に呼応して下五を連用形でおさめたオーソドックスな句形がよく響いている。(椋105号より) |
2022 霜降 |
打ち出しの寸胴鍋や豊の秋 |
森 木声 |
打ち出しの、と具体性を持たせたために情景がくっきり見えてくる気がした。豊の秋という大きな季語を取り合わせて、あとは説明しないよさ。(椋103号より) |
2022 寒露 |
朝寒や厨のもののよく光り |
内田 こでまり |
朝晩冷えるようになって、もう夏が遠く過ぎ去ってことに気づく。家内に目が向けられる季節になってきたという感覚に「もの」が応える。(椋103号より) |
2022 秋分 |
秋薔薇の一輪のあるテレワーク |
瀬名 杏香 |
何げない一句だが、たった一輪の秋の薔薇がどれだけ心を慰めてくれることか。(椋97号より) |
2022 白露 |
白壁に隆々と影鶏頭花 |
あをね |
蔵などの白壁、そこに映る影、そして真紅の鶏頭。展開が鮮やかで、表現として的確である。(椋103号より) |
2022 処暑 |
みづうみの波の儚き秋暑かな |
市川 薹子 |
波が儚いという表現の美しさ。確かに湖の波は薄く儚げだと思う。「秋暑」との対比が新鮮。(椋91号より) |
2022 立秋 |
借りしまま秋の扇となりにけり |
内田 創太 |
格調の高い表現で、行き合いの季節感がたっぷりと出た。俳句はこうでなければと、思わず居ずまいを正した次第である。(椋102号より) |
2022 大暑 |
咲き満ちて安穏の日や百日紅 |
花野 日余子 |
百日紅は夏の花だが秋口の花の印象が強い。盛夏を過ぎて穏やかな時が流れだす頃、あの泡のようなやわらかい時が流れ出す頃、あの泡のようなやわらかい花が日常を彩ってくれる。(椋102号より) |
2022 小暑 |
朝曇忘れられたる傘ぽつん |
本郷 あきら |
朝曇りは、暑くなる日の前兆。炎天の中へ出てゆく人々と、片隅に置き忘れられた傘との対比にポエジーがある。(椋101号より) |
2022 夏至 |
梅漬けて健やかに鳴く鳩時計 |
飯沼 瑤子 |
梅が実る頃の緑さす部屋。鳩時計の音に家内の静けさや仄暗さが想像されてくる。一句の流れるような調べが、作者の心持ちをあらわしている。(椋102号より) |
2022 芒種 |
水やりの済みし匂ひや茄子の花 |
黒澤 さや |
五感の働いた清々しい句に、読み手の五感も刺激される。しっかりと水やりを済ませた畑の道には、土の熱気も感じられてくる。(椋101号より) |
2022 穀雨 |
花槐遠き昔に妻と会ひ |
鷲谷 英一郎 |
街路樹に多い槐。その花は散り際になってようやく気づくような淡さで、都会の風景にもよくマッチする。一組のカップルが語らいながら歩いた並木道などを想像させ、余情がこもる。(椋102号より) |
2022 立夏 |
放課後の廊下は長し夏始 |
せいじ |
言われてみれば確かにそんな感じがしていたと振り返る。明るく躍動感のある季節を象徴するようで季節の取り合わせもいい。(椋88号より) |
2022 穀雨 |
戦争を知らぬ老人豆の花 |
市川 英一 |
ハッとさせられたのは、戦争を知らない子どもたちと言われた世代が七十代に入った事実。豆の花に象徴されるのは穏やかな日常。その危うさにふと立ちすくむ。(101号) |
2022 清明 |
ふらここを止めてはじまる紙芝居 |
古宮 ひろ子 |
公園などでの紙芝居の思い出はもう遠くなったが、紙芝居そのものは健在。遊具から急いで降りて集まってくる子供たちを見るとほっとする。(椋99号より) |
2022 春分 |
髪の毛のいとうるさくて彼岸西風 |
亀井 千代志 |
かき上げてもかき上げても顔に髪がかかる。おかしみがあって。涅槃西風の句として異色。(椋9号より) |
2022 啓蟄 |
野蒜引くおばけ煙突あつたねと |
こごみ |
子供の頃の思い出を語り合いながら摘草をしている。お化け煙突はなくなったが、原っぱは残っていた。童心に返ったような思い。(椋100号より) |
2022 雨水 |
うべなひて無為にゐること椿落つ |
鈴木 しずか |
自粛せざるを得ない月日。親しい人たちの顔も長いこと見ていない。それを受け入れて過ごす作者の諦観というか、達観。(椋99号より) |
2022 立春 |
梅早し日曜のしづけさに似て |
山音 |
さり気ないが、作者の心情が伝わってくる。上五から中七以下への展開がいいのだ。作者にとっては一人で吟行する日々が続くが、それもまたよしという豊かな思いがある。(椋99号より) |
2022 大寒 |
おもざしの胸にとどまる冬の梅 |
吉田 信雄 |
冬の梅といえば寒紅梅だろうか。その花から浮かんでくる面差しを懐かしむ。(椋93号より) |